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56章 旅先にて5 [リリカルなのはss]

《アクセルシューター》 

三佐の力ある言葉によって生み出された4発のスフィアが勢いよく建物のダクトに吸い込まれていく。

「カウント・・・5、4、3、2、1、now。」 《ショット》

隊長の声と三佐の声が重なる。
一階の様子を捉えていたモニターには4本の鋭い光の筋と、4つの短い呻き声。

そして二階を捉えていたモニターには何かが崩れ落ちる音だけが聞こえた。


ドンッ

施錠されていた各出入り口が壊され、隊員達が突入する。
同時に落とされていた照明も回復される。

『一階制圧完了。犯人4人確保、人質は全員無事です。』

突入した隊員から無線が入る。

しばらくして、再度無線が入った。

『二階制圧完了。犯人2人確保、人質ならびに協力者無事です。』

現場に居合わせた隊員達から歓喜の声が上がる中、二階のブラインドが開けられ中の様子が見えた。
窓際に佇んでいた男性に三佐が満面の笑みを浮かべながら手を振ると、彼は照れたように軽く右手を上げて応えていた。




「あの~できれば、私のというかあの人の事は報告書には書いて欲しくないんですが…」

事件解決後、三佐が言ってきた事は意外なものだった。
本来なら迅速な事件解決に貢献したとしてアピールしてもよさそうなものだと思ったのだが…。

「なぜです?彼の活躍があったからこそ、人的損害を出す事なく無事解決できたと思うのですが。」

隊長の疑問に三佐はバツが悪そうに答える。

「あの~私達あまり公にできない関係でして…
今回も人目にあまり付かない所で静養しようと来ておりまして…」

その言い回しに隊長も何やら思い至ったようで、それ以上の追及はしなかった。

56章 旅先にて4 [リリカルなのはss]

しばらくして現れたのは金髪にオッドアイの可愛らしい女の子と、艶のある黒髪に藍色の瞳の美少女、そして襟首を持って一見してそれと分かる大男二人を引きずって来たモデル並みの容姿の男性。

彼らに気付いた三佐がその場を離れ、男性と何やら話し込む。
程なく、男性は現場にいた隊員に少女達を預け何処かへと立ち去る。

戻って来た三佐に促され私達は指揮車に入り、今後の行動を話し合う。
指揮車に戻ったところで三佐は複数の空間モニターを立ち上げる。
そこに映っていたのは、銀行内部の様子だった。

「いつの間に!?」

驚く私をよそに、彼女は淡々と状況分析を始める。

「さっき犯人と会話してた時にちょっとね。」

どうやら相手の注意がそれた時にサーチャーを飛ばしたらしい。
先程のやりとりの後ブラインドが下ろされ中の様子が窺えなくなっていた現状で、これは大きなアドバンテージになる。

犯人の内4人は一階の正面出入り口に一人、裏口に一人。
人質の人達はフロアの真ん中に集められそれを監視するような形で二人が立っていた。

そして、二階ではリーダーの男がせわしなくフロアをうろついており、そこから5m程離れた開け放たれたドアの脇の廊下でもう一人が拳銃を片手に一階へと続く階段を警戒している様子が映っていた。



再度、空間モニターを携えて建物の前に移動しながら三佐が私達に指示を出す。

「一階の4人は私が抑えます、タイミングを合わせて突入をお願いします。
二階の魔導師ともう一人は、彼に任せます。」

そこには音もなく近付き、一言も発せさせることなく廊下の男を昏睡させワイヤーで拘束する先程の男性の姿が…
あそこまで鮮やかに制圧できる能力を持つ隊員は、武装隊でもそうはいないだろう。

「何者なんです、彼は?」

「私がこの世でもっとも頼りにしている人ですよ。
それよりも、そろそろ準備をお願いしますね。おそらく一瞬で終わりますから。」

隊長の問いに、誇らしげに答える三佐。
彼女が私達に指示したのは、カウントを合わせて建物の照明を落とす事とその後速やかに建物内に突入することの二点だった。

56章 旅先にて3 [リリカルなのはss]

ふふふ…あはははッ

男の発言を受けて私達が関係者の安全確保の為に行動を開始しようとしたところで、前に立つ三佐の肩が小刻みに震え出し、遂には堪え切れないとばかりに失笑が漏れる。

「「!!???」」

『なッ、何がおかしい!?』

あまりのショックに気でも狂ったのかと思ったのは私達だけではなかったようで、男も疑問を投げかける。

『だって、あまりにもあなたが"世間知らず"なんだもん。
あなた、今 自分の死刑執行書にサインしたんだよ、この世で一番喧嘩を売っちゃいけない相手に手を出したんだ。』

ひとしきり笑った後、三佐が表情を引き締めて答えを述べる。

『何を言ってる?まぁいい、娘の泣き叫んで助けを求める声を聞けばその生意気な態度も変わるだろう。』

男は戸惑いながらも、携帯を取り出しどこやらへと連絡を入れ外部スピーカに切り替えこちらに向ける。
そしてそこから聞こえてきたのは、幼い女の子の声。

『ママ~がんばって~♪』

『うん、ありがとう、ヴィヴィオ。もう少しで終わるからね、いい子にしててね。』

『な?・・・』


聞こえてきたのは予想に反して、明るく無邪気な激励の声。
予想外の事態に三佐以外の皆が固まる中、新たな声が響く。

『なのは、手伝いは必要か?』

『う~ん、ちょっと手伝って欲しいかも。』

『分かった、二人を連れてそちらに向う。』

今度は低音の男性の声だった。
三佐のファーストネームを呼び捨てで呼ぶ男性に対し、三佐は少し甘えたような声で頼む。

56章 旅先にて2 [リリカルなのはss]

「あの、すみません・・・」

沈んだ気分で任務をこなす私に声を掛けてきたのは、真っ白なサマードレスを身に纏った栗毛のロングヘアの女の子。
年齢的には私と同じくらいだろうか、美人というよりはどちらかというと可愛いと形容したくなる顔立ちで誰か有名人に似ている気もしなくはなかったが鬱憤が貯まっていた事もあって少し強い口調で返す。

「何か?規制線が見えないんですか、あなた。
部外者は近付かないで下さい。」

それに対する彼女の答えは予測を超えたものだった。
苦笑混じりに差し出されたIDカードには、時空管理局本局 特捜課 高町なのは三等空佐の表記。

「!! 失礼致しました、高町三佐。」

慌てて敬礼をして非礼を詫びる。

「そんなに畏まらなくていいよ、それより状況を教えて。
それと現場責任者に会わせてくれるかな。」

エースオブエースはにっこり笑った後、表情を引き締めプロフェッショナルの顔になる。
対策本部を兼ねた指揮車に案内する道すがら、分かっている範囲の現状を伝える。
指揮車に着いて隊長に三佐を引き合わせ、改めて隊長から現状の報告がなされる。

「状況は理解しました。及ばずながら事件解決に協力させて頂きます。」
「お願いします、高町三佐。」

隊長の階級は陸曹長であり、三佐が作戦に参加する事になった時点で指揮権は三佐に移行する事になる。
隊長は市民を守るという目的のためなら自分のプライドに拘らないというスタンスの人なので、すんなりとその決定を下したが私をはじめ隊員の中にはあまり快く思っていない者もいるのも事実。
というのも、これまでも応援にやって来た武装隊員が我物顔で私達に命令し作戦が上手くいけば自分の手柄、失敗すればこちらに責任を押し付けてきたからだ。

だから、次の三佐の言葉を聞いてその場にいた皆は一様に驚いた。

「尚、細かい現場指揮は曹長にお任せします。但し、今作戦における全責任は私が負います。」
「了解しました。エマ、三佐にジャケットをお渡ししろ。」

いくらなんでも、サマードレス姿で規制線内をうろつくわけにもいかないので管理局のジャケットを羽織ってもらうことした。



取りあえず、犯人と直接話がしたいとの三佐の意向で銀行の建物の前まで行く私達。
リーダー格の男は自分の防御能力に自信があるのか建物二階部分でカーテンも閉めずに窓を開け放ってこちらを見ていた。
そのすぐ後ろには椅子に座った状態で拘束されている人質の女性行員の姿。

『こちらは時空管理局所属、高町なのは です。
あなた達のお話を聞かせて下さい。』

先程までふてぶてしい態度をとっていた犯人もその名を聞いて驚いたのか、警戒したように窓から離れ人質の後ろに立ちこちらを牽制する。

『でっかい魔力反応があるかと思えば、エースオブエース様だったとはな。
こんな片田舎になんの用だい?お忍びで妻子持ちと不倫旅行か?仕事熱心なのもいいが、仕事優先だと垂らしこんだ優男に逃げられちまうぜ。』

『…あなた達は既に包囲されています。無駄な抵抗は止めて、人質を解放して下さい。』

『無駄ねぇ~、確かに正面切って"白い悪魔"と張りあうのは愚策だわな。
だが搦め手なら話は別さ、こっちの人質より自分の連れを心配した方がいいんじゃないのか?高町さんよ。』


相手の挑発に乗ることなく投降を勧める三佐に卑げた笑みを浮かべながら意味深な発言をする男。

『……』

『高位魔導師って奴は俺にとっても厄介な存在なんでね、一応は警戒してるわけさ。
相手の素性は分からなくてもマークしていざという時に対応できるように手を打つのが俺のスタイル、今頃あんたの可愛い娘の所に俺の部下達がお出迎えに行ってる頃だろうよ。』

「「!!」」『・・・・・・』

『何、丁重にお出迎えするように伝えてあるから心配しなくてもいいさ。
まあ、あんたの彼には痛い目を見てもらうことになってるかもな。もっとも、とっくに逃げ出してるかも知れんが。』

男が告げたのは、近くにいるであろう三佐の身内を人質に取ったという事実。

56章 旅先にて1 [リリカルなのはss]

私の名前はエマ・ブレット 19歳。
第3管理世界『ヴァイゼン』の地方都市で管理局員として働いている、ちなみに階級は二等陸士。

ここはお世辞にも都会的とはいえず、次元世界の流行からも乗り遅れているような所もあるがそれでも綺麗な海と深い緑の山岳風景は訪れる人の心を穏やかにさせる過ごしやすい土地だ。

そうはいっても空気を読めない馬鹿はどこにでもいるもので、今日も強盗団が繁華街にある銀行に押し入るという事件が発生した。
事件発生の報を受け緊急サイレンを鳴らしながら私達の部隊が現場に駆け付けると犯人達はすぐの逃走を諦め客と行員を人質に立て篭もり逃走ルートの確保を要求してきた。

現場の指揮車で隊長達が、辛くも逃げ出した来店客から中の情報を集める。
その情報によれば押し入って来たのは全部で6人、それぞれが質量兵器たる拳銃で武装をしていたそうだ。
行内には4人程の客と10人程の行員と6人の警備員が取り残されていると考えられた。
そしてありがたくない事に強盗団のリーダー格に当る男は高位魔導師である事が判明した。
というのもここの銀行の警備は質が高く、いくら質量兵器たる拳銃で武装しているとはいえ本来強盗団ごときに後れを取るような事はなかったはずなのだが魔法によって制圧手段を無力化されてしまったらしい。

それらの情報を通信機越しに聞き、憂鬱な気分で規制線の前で集まり始めた野次馬の整理に当たる。
ウチの隊に限った事ではないが地方の陸士隊の隊員は総じて高位魔導師がいないのだ。
魔力ランクの高い人材は優先的に本局に引き抜かれる為よくてCランク止まり、実際ウチの隊も隊長のCランクが最高位である。

その為高位魔導師による犯罪が発生した場合、本局に武装隊の派遣要請を掛ける事になる。
しかしその手続きは煩雑で、実際に現場に到着するまでにかなりの時間を要することが常でありその間に逃亡を許してしまうケースも多々あった。

そうはいっても現状私達にできる事は本局からの応援が来るまでの間の時間稼ぎしかないのだが・・・
それこそ休暇中でお忍び旅行にでも来ている本局魔導師か、執務官でも近くにいない限り…。

完全外伝 裏に生きる者 [リリカルなのはss 外伝]

私の名前はハイディ・E・S・イングヴァルト、普段はアインハルト・ストラトスと名乗っている。
古代ベルカ時代シュトゥラ王国の国王「覇王イングヴァルト」の末裔であり、覇王の身体資質と記憶を受け継いだ存在、それが私だ。

先のインターミドルにおいてはジークリンデさんとの対戦で感情を暴走させ完膚なきまでの敗北を喫した。
今までの自らの見識のなさと世界の広さを知る事ができたのは貴重な経験ではあったが同時に、こんなことでは私の記憶に眠るクラウスの無念を到底晴らす事はできないと焦りを覚えたのも事実だった。

そんな折、先日のセコンドのお礼も兼ねて陸士108隊舎にノーヴェさんを訪ねた。
談話室で私を出迎えてくれたのは、ノーヴェさんとその妹のウェンディさん。
一通りのやりとりが済んだ後、今回のインターミドルの優勝者予想の話題の中でノーヴェさんの口から聞き覚えのない人物の名前が上がった。
なんでも出場していたらぶっちぎりで優勝を決めていたんじゃないかと…。

「すみません、その"雫"さんとはどういった方なんでしょうか?」

「ん、あぁ、お前は会ったことなかったか。
お前と同い年のミドルレンジを得意とする、魔導師さ。」

自らと同い年なのに彼女をして強いと言わしめるその魔導師に少しの嫉妬と興味を覚え質問を重ねる。
「その方は今どちらに?」

「数年前に父親に付いて、『オルセア』の内戦地帯に行ったきりさ。」

「そう言えば、久しく会ってないっスね~、雫にも。
元気してるっスかね。」

「ふん、うなもん無事に決まってるだろ。
何しろあいつには常に恭也が付いてるんだぞ、星ごと破壊されでもしない限り死ぬ事はねーよ。
今頃奴からマンツーマンの指導を受けてもっと強くなってるんじゃないか。」

「あぁ、"恭也"っていうのは雫のお父さんっス。」
「ヴィヴィオの兄ちゃんでもあるがな。」

新たに出てきた名前に疑問符を浮かべる私にお二人が教えてくれる。
でもヴィヴィオさんにお兄さんがいたなんて話は初耳ではあるが、それよりも先に気になった事を尋ねてみる。

「あの、その恭也さんという方はそんなに強いんですか?」

「奴は強いなんてもんじゃねえぞッ、あたしなんて一度も勝った事ねえんだ。
しかも魔力も無いに等しくて、攻撃も防御魔法も使えないにも関わらずにだぞ。」

「いや~99戦99連敗のノーヴェが言うと説得力あるっスね~。」

「うっせー、テメーだって似たようなもんだろうが。」

「チッチッチッ、あたしは2敗しかしてないっス。」


!!

もしかして、ウェンディさんの方が強かったのかと思い驚く私の前で、顔を真っ赤にしたノーヴェさんが吠える。


「バカヤロー、テメーは二回しかやってないだろうがー!!」

「無駄な争いはしない主義なんっスよ、あたしは。」




「だいたい、恭也に勝とうなんてするのが無理なんっス。
なにしろ『白い悪魔』や『閃光』が束になっても敵わないような相手なんすから。」

「まぁな、でもなんだ…、ある意味あいつがミッドにいなくて正解だったかもな。
あいつらがいたら、アインハルトが古代ベルカ王を探して暴れ回ってるって知った途端潰しにかかるぞ。」

「そうっスね、特に恭也は身内に甘いっスから、少しでも手を出そうものなら瞬殺っス。」

「はぁ…」

「ところで、まだ表にはない強さをまだ求めるつもりか、お前は?」

「…はぃ。」

「まぁ何だ、すぐに考え方を変えろとはいわねぇよ。
でもきっとその道は決して楽な道じゃねえぞ、恭也を見てるとホントそう思うよ。
あいつも自分の大事な人を"守る"ために自らの全てを捧げ裏に生きる奴だからな。」

『あいつならお前の悩みの答えを持ってるかもな。』という言葉と共に、ヴィヴィオさんへの届け物を頼まれた。




ヴィヴィオさんのお宅に向うべく駅を出た所で、コロナさんとリオさんに声を掛けられ近くのカフェでお茶をする事になった。
そこで、先程聞いた気になる人物について二人に尋ねてみた。

「ヴィヴィオさんのお兄さんはどんな方なんですか?」

「ヴィヴィオのお兄さん? 恭也さんの事ですか。」

私の唐突な質問に戸惑いながらも、コロナさんが答えてくれた。
それに肯定の意を返すと、今度はリオさんが答えてくれる。

「う~ん、"黒い人"?」

「ちょっ、リオ、それじゃ怪しい人みたいだよ。」

「えーでも、前にヴィヴィオに写真見せてもらった時、どれも全身真っ黒の恰好だったし。」

「まぁそれは否定しないけど…。」

「…」

「何度かお会いした事はあるんですが基本無口なんですけど、優しい人でしたよ。
それと恭也さんはなのはさんのお兄さんなので、正確にはヴィヴィオにとっては伯父さんになるんですけどね。」

「伯父さまですか…」

人物相関図を頭に浮かべ情報を整理している私をよそに、二人は顔を見合わせ頷き合ってから私を見て声を揃えて楽しそうに告げる。

「そう、それからヴィヴィオの『『騎士(ナイト)様』』」





前にも増して不可解な人物像を思い浮かべながら、ヴィヴィオさんのお宅を訪ね呼び鈴を押すとヴィヴィオさんが玄関ドアを開けて出て来てくれた。
ドアの奥には飾り付けられたリビングと何やら忙しそうに料理ののった大皿を運ぶなのはさんとフェイトさんの姿があった。

「すみません、わざわざ届けてもらったのにろくにお構いもできなくて…」

「いいんですよ、こちらに来る用事もあったのでついでですから。
それより、これから何かのパーティですか?」

恐縮しきりの年下の友人に気になった事を聞いてみる。

「ハイッ♪ 今朝、恭也お兄ちゃんから連絡があってようやく任務が完了して雫お姉ちゃんと一緒に帰って来られるそうなので"お帰りなさい"のパーティを開くんです。
だから朝からママ達張り切っちゃって、チャイムが鳴ったのも気付いてないくらいなんですよ。」

満面の笑みを浮かべるその表情からも彼女自身もとても楽しみにしている事が容易に想像できた。
興奮のあまり自分が私の知らないはずの人物の名前を口にしている事にも気付いていないようだ。

「ヴィヴィオさんも、大好きなんですね。
"恭也さん"という方達が。」

「ハイ、二人ともとっても優しくていつだって私を守ってくれたんですよ。
アインハルトさんにも、また今度紹介させて下さい。」

「ええ、その時はよろしくお願いします。」





久しぶりの再会を邪魔しては悪いと、早々に退去させてもらい駅に戻る。
ヴィヴィオさんがあそこまで慕う人物に想像を膨らませながら駅前に来た所で、上等な絹糸のような漆黒の長い髪を真っ白な白いリボンで一房に束ね前に垂らし、深く吸い込まれそうな藍色の瞳を持つ一人の可憐な美少女とすれ違う。

私と同い年くらいだろうか…すれ違った瞬間思わず振り返って愕然とする。
驚いたのは全身真っ黒な服装にではない、むしろその格好は上品さとその年にして色気さえ感じさせるものがあった。
驚いた理由は隙が全く無かったという事実、おそらく今 背後から襲いかかっても対処されてしまうだろう。

(なんなの…あの子…)

得体の知れない恐怖に駆られながら前も見ずに足を踏み出し、何かにぶつかる。

「失礼…、大丈夫でしたか、お嬢さん?」
「いえ、こちらこそ。前を向いていなかったものですから…。」

素直に謝り、顔を声の方向に向けるとそこにいたのは黒い長袖シャツ、黒いスラックスを身に纏ったファッションモデルのような精悍な顔立ちの男性。

もう一度互いに頭を下げた後、分かれる。
少ししたところで後ろから先程の少女の声がかすかに聞こえた。

「お父様、そんなに警戒されなくても大丈夫ですよ。」
「…あぁそうだな、ミッドは平和だ…。」





!!

今の人、気配が全くなかった。

甘言2 [リリカルなのはss 外伝]

「僕も恭也さんと模擬戦闘がしてみたいです。」

スポ根アニメのりのエリオからの要望を受けての今回の演習。

演習場脇の司令所で各所に設置したサーチャーのデーターを、なのはちゃん、フェイトちゃんと一緒に各モニターで確認していると演習開始後しばらくしてフリードが恭也さんの陣営にやって来た。

脇目も振らず点火スイッチに向かうフリードの前に現れたのは、紙皿に山盛りに置かれたクッキー。
思わず足を止めた彼に声を掛けたのは恭也さんの相棒 『香月』。

《いいんですよフリード、食べても。
それは主があなたのために用意したものなんですから。》

『香月』の言葉を受けて本来の目的を忘れてクッキーを一心不乱に食べ尽くし、満腹になったのかコテッと仰向けになって寝転がる。


ティアナ達がフリードの反応に戸惑う中、恭也さんがその様子をあの子達に見せる。
それが彼の心理的な罠とも気付かずに、前のめりな作戦に切り替えた新人達。

モニターが閉じられた後、サーチャーの死角に置かれていた『香月』がフリードに再び囁く。

《私の願い事を聞いてくれたら、後で主がご褒美をくれるそうですよ。》

「キュルル」

《さぁ、詳しくは聞いていませんが、きっと素敵なものですよ。》

『香月』がフリードに指示したのは自らを主の下に届けることと、自陣営の点火スイッチを押すこと。
まんまと甘言にのせられたフリードが点火スイッチを押して演習終了と相成った。


負けた理由が理解できないスバル達の疑問に苦笑いしながら答えていく。
論より証拠とばかりにフリードの姿を見せた時のあの子達の唖然とした表情は思わず笑ってしまうものだった。

終わってみればなんだか恭也さんの悪戯に付き合わされたような気がしなくもない・・・笑)

甘言1 [リリカルなのはss 外伝]

本局にエリオとキャロが1週間ほど研修に来ていたある日、スバルから先日の恭也さんと隊長陣との模擬戦の話を聞いたエリオが自分も挑戦してみたいと言い出し、それに乗った課長によりあたし達新人メンバーが彼に挑むことになった。

勝利条件としては相手チーム全員を戦闘不能にするか、相手陣中央に設置された点火ボタンを一分間継続して押し花火を打ち上げれば勝ち。
尚、今回も指定エリアを出た時点で戦闘不能判定が下される。

また作戦の戦術を広げる目的で、各陣営作戦中一回15秒だけ点火ボタン付近をモニターできるという規則と制限時間の40分で勝負が着かなかった時は、あたし達の勝ちという特別ルールが設けられた。

この条件でバインド等の罠有り、魔法使用もキャロの召喚魔法を含めてOK。
但し、流石にキャロの竜魂召喚だけはNGだったが。

エリアは横500メートル、縦1キロメートルの長方形のフィールドで各陣の周りにこそ若干の木立があるもののそれ以外はせいぜいがくるぶし丈くらいの草原。


演習開始5分、エリアを前衛のスバルと2/3程進んだ所で相手と接触する。
どうやら気付かれない内に接近されて点火ボタンを押されるという最悪の展開は免れたようだ。

あたし達のフォーメーションとしては前衛にスバル、サポートにあたし。
遊撃としてエリオを本陣との中間に配置、状況に応じてどちらにもフォローに入れるようにした。

キャロは本陣で点火装置を守りつつ、万が一相手があたし達に察知されることなく現れた時は味方を召喚して守備にあたるつもりだった。


おもむろに背中から一刀を抜き放ち構える相手に疑問の声を投げかける。

「もう一本は抜かないんですか?」

「なに、ハンデだ。お前たち二人なら一本で充分だろう。」

返ってきたのは不遜な答え。

「馬鹿にしてッ」
「絶対に、抜かせて見せます。」

「面白い、抜かせて見せてみろ。」

こんなやり取りの後、戦闘に入る。
スバルが果敢に撃ち込みにかかるもいいようにいなされて隙を作ることもできず、むしろ地面に転がされて致命的な一撃を受けそうになりあたしの援護射撃で何とか窮地を逃れるという状況がしばらく続いた。
そんな展開にあってももちろんこちらも考えなしに膠着状態を維持していたわけでもなく、相手を少しでも本陣から引き離すべく意図的にさりげなく後退を繰り返し時には背後ぎりぎりに誘導弾を着弾させ前に引きずり出そうとしたがこちらの意図を察してか一定ラインより前には決して出てきてくれなかった。

こちらの思惑通り突出してくれれば、キャロも呼んで三人で何とか足止めしてエリオを敵陣に単独で突っ込ませるつもりだったが、今の位置ではおそらく仮に抜けたとしても点火が完了する前に戻られて行動を阻止されてしまうだろう。

やはりあたしの思い通りにはならないかと自嘲しながらも、相手にこちらのもうひとつの意図を気付かれていないことに満足する。

レーダー基地並みの気配探知能力を持つ敵を相手に、この遮蔽物のないフィールドで悟らせずに抜くことは至難の業と思われた。
でもいくらなんでもフィールド全ての動体物に気を配っているわけではない、そんな事をしたら集中力が保てるわけがないのだから。
自らの脅威になる対象に絞られているという点があたしの狙いだった。

予測通りならそろそろ花火が打ち上がる頃合いかとキャロに念話を飛ばす。
でも返って来たのは戸惑うような彼女の声。

《ティアナさん、フリードからの返事がおかしいんです。
なんだか酔っ払ってるみたいに呂律が回ってないんです。》

「どうしたの?ティア、キャロは何て?」

私が怪訝な顔をしているのを見て、相手から距離をとってスバルがあたしに尋ねる。



「・・・ふむ、キャロが心配しているみたいだから種明かしをするとしようか。」

戸惑うあたし達をよそに恭也さはおもむろに空間モニターを起動する。
そこに映っていたものは…

「「《あ~》」」

演習場にあたし達三人の悲鳴が響く。
画面には点火スイッチ脇でポッコリお腹を空に向けゲップをするチビ竜の姿。
そしてその横には何かの食べかすが残った紙皿。

15秒が経過して画面が消えた後、恭也さんが一言。

「今回のクッキーはラム酒入りだったからな。酔いが回ったみたいだな。」



陽動作戦の失敗が確定した所であたしは後ろの二人を呼び寄せる。
前衛にエリオが加わって3対1になった所で先程とは違い、若干こちらが優位に戦いを運べるようになり相手陣営にじりじりと押し返す事に成功した。

エリオの到着から遅れること数分、前線に現れたキャロに指示を出す。
あたしの指令を受けて激しい戦闘の行われているエリアを避けて、猛然と走りだす。
三人がかりで抑えている間に横を抜こうという、次なる作戦だった。

トテトテトテ… ズシャ

何もない所で顔からこけた。

「あ~、その辺ワイヤーが張ってあるから気を付けろよ、キャロ。」
「う~そういうことは先に言って下さい。鼻が低くなったらどうするんですか~。」

恭也さんからの忠告に赤くなった鼻頭を押さえながらうつ伏せで抗議するキャロ。

「大丈夫だ、エリオはそんな事は気にしない。」
「!!(///)」

その返しに思わす顔を赤らめるキャロは微笑ましいが、そんな隙だらけの相手を彼が見逃すわけもなくあたし達の一瞬の隙を突き彼女に向かって飛針を飛ばす。
当たれば戦闘不能判定のその攻撃をエリオがソニックムーブで割り込みストラーダで弾き飛ばし、左腕でキャロを抱きかかえて離脱する。



「キャロ、一旦下がってスバル達のフォローに専念して。」

敵を抜いて点火スイッチを押す事を諦め、全員で相手を倒す作戦に変更する。
キャロのブースト魔法を受けたスバルとエリオが今まで以上に力強く敵を追い詰めて行く。

「これは流石に一刀ではきついか…」

そんな恭也さんの呟きが聞こえてきた所で、満を持してあたしは全方位からの誘導弾を叩き込む。
前衛二人とのタイミングもバッチリ、戦闘不能ともまではいかないまでも大きなダメージが与えられるはずだった。

ZZZuuun

《ただいま戻りました、主》 「おかえり、『香月』」

爆煙が晴れた後に現れたのは、二刀を腰だめに構えた無傷の敵の姿。

「呆けている暇はあるのか?」

予想外の結果に動きが止まったあたしに彼の刃が迫る。
慌てて直射弾を撃つも半歩にも満たない動きで避けられ間を詰められる。

斬り上げの一撃が来てやられると思った瞬間、誰かに突き飛ばされる。
見ればシールドを張って斬撃を受けたスバル。
そのまま連撃に入ろうとした彼にエリオが横から槍を突き出す事によって、動きを阻害する。

その間を利用してあたし達は再度、フォーメーションを組み直す。
どうやら先の一撃には浸透性の打撃が込められていたようで、スバルの片腕はしばらく使い物にならなさそうだった。

《こうなったら仕方がないわ。最後の作戦に移行するわよ。》

相手を打倒する事も、出し抜く事も難しくなった以上特別ルールに勝利を賭けるしかない。
制限時間まで後10分程、ここからあたし達の本陣まで移動するのに彼の走力を持っても最低は2分はかかるはず、加えて点火に1分と考えて合計3分。
つまり残り3分過ぎた所で誰か一人を安全圏に逃がして、演習終了を待つ。

二刀を繰り出し勢いを増した敵に、終始圧倒されながらもその時を迎えたあたしは指示を出す。

「キャロ、逃げて!!」
「は

Shururuuu

い」

Paann

演習終了2分前、なぜかあたし達の陣営の花火が打ち上がった。

「どうやら、俺達の勝ちみたいだな。」

「「「「???」」」」

疑問符だらけのあたし達をよそに刀を鞘に納めその場をゆっくり離れる、恭也さん。
しばらくして課長からの通信が入った。

「みんな、お疲れさん。
やっぱ、恭也さん達には勝てんかったね。」

「あ、あの八神課長、どうして私達の負けなんでしょうか?」

「そりゃもちろん、あんた達の花火が打ち上げられたからや。」

スバルの質問にさも当然とばかりに課長が答える。

「それはもちろん分かっているんですけど、恭也さんずっとここにいたじゃないですか。
なのになんで点火できるんですか?」

「それはそこにいなかった"参加メンバー”が点火スイッチを押したってことやね。」

続いてエリオの疑問に対する答えに、キャロが不審気に指摘する。

「え、でもフリードは酔っ払って寝てるはずじゃ・・・」

「ま、口で説明するより見せた方が早いやろ。」

そんな言葉とともに空間モニターが展開される。
まず出たのは恭也さんの陣の点火ボタン、そこに映っていたのは白い紙皿だけ。
続いて出されたあたし達の陣の映像、そこには点火ボタンの上に座るチビ竜の姿。




怒り心頭状態で駆け出したキャロを追って陣に戻れば、キャロが彼の肩に乗った裏切り者を怒鳴りつけていた。
もっとも当のチビ竜はそこが安全地帯であるとしっかり分かっているようで、涼しい顔で彼の手から干し肉をもらっておいしそうについばんでいたのだが。

55.5章 不安 [リリカルなのはss]

フェイトちゃんが無事に解放されてから1週間、不正に加担していた局員も更迭され管理局も平穏を取り戻したように見える。

先の事件についてはフェイトちゃんが帰還した後、全世界に向けて本人に出席による緊急記者会見が開かれた。
その場で発表された内容は、

『極秘任務遂行中であったため、事の真偽を明かす事ができなかったが執務官本人は拉致されたとされる時間も別の場所で任務に当っており動画が示すような拘束を受けたような事実はなかった。
なお公開された動画を詳しく精査したところ、画面に映っていたのは極めて精巧に作られた人形であると判明した。
またこの動画公開に辺り、脅迫罪と執務官に対する名誉棄損で投稿者を法的に罰するべく鋭利捜査中である。』

という茶番劇だった。

この会見が流れた後、ネット上でその人形が欲しいとの話題が盛り上がっていたのはご愛嬌か…。


ただ私の心は未だ落ち着かない、今回の事件に関してとんでもないミスを犯したからだ。
それは別に上の意向に逆らって局長に直訴をしようとしたことではない、今でもあの判断は正しかったと思っているし、私の行動を見た他の管理局員からの信頼も厚くなった。
また、最終的に直談判するところまでいかなかったことによって上層部もこの件に関してとやかく言う事はなかった。まぁもっとも、上としても局員を見捨てる判断をした後ろめたさもあったのだろうが。

では何が失敗だったのか…
それは場の雰囲気に流されてある人に"書類"を預けてしまった事だ。

先日さりげなくその所在を訊ねたところ、爽やかな笑顔ではぐらかされてしまった。
そして去り際に『あのみんなの"お手伝い券"ね、大事に取ってあるわよ。』唇が動いたような気がしたのは気のせいであって欲しいと思う今日この頃。



55章 罠11 [リリカルなのはss]

先の件もあって転送先で思わず警戒態勢を取る私。
でも隣にいる恭也さんは、転送魔法陣を展開した相手を信頼しているのか彼にしては珍しく全くの無警戒だった。

「おかえりなさい、恭也。」

鈴の音のような透き通った柔らかな声を掛けてきたのは胸元が大胆に開いたナイトドレスを身に纏った妖艶な大人の女性。

「ああ、ありがとう。
すまないが、彼女にシャワーを貸してやってもらえるか。」

そんな彼女と親しげに話す恭也さんに不安を覚えながらも、促されるまま彼女に付いて行く。
途中ある事に気付いて前を行く人物に声を掛ける。

「あ、あの、ありがとうございます。
でも私よりも恭也さんの方がお疲れだと思うので、シャワーは恭也さんに使ってもらった方が…」

すると彼女は立ち止って、半身だけ振り返って艶っぽい笑みを浮かべながらこう言った。

「いいのよ、彼は後で私と一緒に入るから。」
「(///)!!」

その意味を理解して思わず赤面してしまう。



「あら可愛い反応ね、あの女性(ヒト)の娘さんとは思えないわ。
彼が夢中になるのも無理もないのね。」

そんな私の様子を見て彼女は一転、優しい笑みを浮かべる。

「母を知っているんですか?」

「ええ、ちょっと前にあなたの着替えを持って来てもらったから。」

「そうだったんですか…」



「それにしても今回は災難だったわね、彼をおびき寄せるために利用されて。」

「……」

「頭のいいあなたの事だから、薄々勘付いているとは思うけど本当に管理局に要求を飲ませたいだけならあなたを誘拐する事はなかったのよ。
あの人は別に"正義の味方"っていうわけじゃないわ。それはもちろん目の前で助けを求める人がいれば、自分を顧みず助けようとするでしょうけど離れた世界の悪事まで正そうなんて思ってない。
彼が願うのは、自分の大切な人達を守ることただそれだけよ。」

管理局員の立場としてはッキリと悪事を正す気はないと断言されてしまうと、言葉に窮してしまうところもあるがおおむねその捉え方は間違っていないと思われた。

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